国枝昌樹講演会「シリアに平和が戻るように」報告

国枝昌樹氏講演会報告(講演会を終えて)

講演会を終えて 

新聞やテレビは、毎日のようにシリアの内戦について報道しています。それらの報道内容と、現地から直接入ってくる情報とがあまりにも違っているため、シリアに関心を持つ方達から「実際はどのようになっているのだろうか?」という声が寄せられ、今回の講演会の運びとなりました。
何が真相かを断定することはできませんが、私達はメディアによる情報操作の大きな戦略の中に巻き込まれてしまっている、ということだけは確かだと思われます。

私達は、シリア市民が一日も早く平穏な日々を取り戻すことができることを願っています。

親切で、繊細な心と細やかな気配りをもつシリアの人達。家族の愛情に満たされ、気高い誇りを持って生活している多くのシリアの人達。平穏な日々と家族の安全を願うのは、私達日本人もシリア人も、同じです。
「現地シリア人からの声」にもあるように、諸外国の押しつけようとしている欧米流「民主主義」も、過激な宗教者の押しつけようとしている「原理主義」も、地に足をつけて生活している多くのシリア市民にあっては、迷惑な話なのではないでしょうか。シリアの主人公はシリア市民だと思います。

チュニジアに端を発したアラブの一連の革命から2年が経ちました。チュニジアでは市民による独裁者追放が実現し、市民自身の手に依る民主化の実現が期待されていました。
しかし2年経った今、選挙の結果は戦略に長けたムスリム同胞団による支配となり、自由を求め戦ってきた人々はその成果を奪われ、宗教戒律による抑圧とイスラム原理主義者集団による暗殺に怯える日々となっています。
エジプトでも自由を求め、体を張って戦った人々の成果は、ムスリム同胞団の手に渡ってしまいました。これが国際世論の期待していた結果と言えるのでしょうか?

今、アラブの春と謳われた一連の革命の結果を見るとき、独裁者を追放すれば市民は自由になる、市民自身の手に委ねさへすれば民主主義国家を実現できる、と考えるのは早計だったと思われます。
では、シリアが自由と民主主義を実現するにはどうしたらよいでしょうか。

シリアでは多くの反政府グループがそれぞれ異なる主張のもとに武装闘争を展開しており、反政府グループへは、湾岸諸国・欧米諸国から、また国外のムスリム宗教組織から豊富な資金と武器の供給、さらには多くの外人戦闘要員の補給が、政権を倒すことを目指して行われています。当初市民革命とされていた内乱ですが、市民の支持のない外部勢力とシリア政府との戦いとなっているように思われます。

政権が倒れれば、豊富な武器を持ったこれら小集団の覇権争いによる激しい武力衝突、粛清の仕合、市民への暴行・略奪が長い期間にわたって続き、シリアの国土は荒廃してしまうのではないでしょうか。現政権を倒すことで混乱が終結に向かうとは到底考えられません。
そのような混乱状態を招いた場合、今政権を倒すことを支援している人達は、シリア市民に対しどのように責任を感じるのでしょうか?
現体制に多くの問題があっても、現政権がガバナンスを維持しながら改革・改善を実行して行くこと、国際社会はそれを支援していくことが、紛争を終息させていく合理的な解決策と言えるのではないでしょうか。

シリア人にとって日本は、尊敬と信頼の国であり、大きな期待を寄せています。参加者のアンケートにもあるように、日本政府は欧米との協調のしがらみを乗り越えて、紛争を解決する独自な外交を展開し、シリア市民がアラブ独自の「民主化」を達成するよう支援して欲しいと思います。

今回の講演会が、私たち日本人がシリアのために今何ができるかを、みなで真剣に考える一つの切っ掛けになればと願っております。

シリアに平和が早くもどりますように。
実行委員会


国枝昌樹氏講演会報告(資料)

「シリアに平和がもどるように」のテーマのもとで、3月16日に横浜情報文化センター(情文ホール)にて、講演会を行いました。(参加者106名)
[1.当日のプログラム][2.参加者からの質問および国枝昌樹さんからの回答][3.アンケート(感想)] を以下にご紹介します。また、資料として[4.「現地シリア人からの声」からの抜粋]を掲載いたします。

4.[資料] ―「現地シリア人からの声」からの抜粋

<あるヨーロッパのシリア支援組織に勤務していた青年より(アレッポ在)>
I would like, if the world would focus on solving the problem and stopping the war in Syria instead of following their own agenda and goals in Syria. Why focusing on people sitting in 5 stars Hotels, representing others aims, and not talking to the people in Syria, or representatives which are really willing to think about ALL possibilities to stop the bloodbath in Syria. Why losing credibility and the trust of the Syrian people when only focusing on the mistakes of one party, without mentioning the mistakes of the other party and choosing countries which are the furthest away from democracy as partners to establish democracy in Syria? For sure a lot of the people in Syria want to get rid of the current government, but looking to the supported "Free Syrian Army" and the waiting representatives abroad (which are representing foreign goals, but not the Syrian people) made a lot of people prefer the government and the previous time with the government than a change (like in Iraq, Tunis, Libya and Egypt...where at the end the Muslim brotherhood took over and establishing a new dictatorship).

大意: 私は世界の人々が (シリア国外からの)シリアにおける協議事項やゴールを追従するのでなくて、シリア内の問題解決と内戦停止にもっと目を向けてもらえたらと思う。
どうして 五つ星のホテルに居座って(シリアで無く)外国の為の目的を代弁するような輩の方を向いて、真にこのシリアの殺戮を止めさせる可能性を切望するシリア人やその代表者に語ろうとしないのか。
世界の人々は シリアの他の政党の間違いには目をつむり、一つの政党の間違いに目を向けるだけで シリア人からの信頼を失っている。
確かにシリア人の多くは 現政権から脱しようと思ってはいるが、"自由シリア軍"や海外に居る代表部(それは外国からのゴールを代表しシリア人のものでない)を見るに付け、政変するよりも現政権の方がましだと思っている。(イラク、チュニジア、リビヤそしてエジプトのように、結局は ムスリム同胞団が牛耳り 新しい独裁体制を作り上げているではないか)


国枝昌樹氏講演会報告(3)

「シリアに平和がもどるように」のテーマのもとで、3月16日に横浜情報文化センター(情文ホール)にて、講演会を行いました。(参加者106名)
[1.当日のプログラム][2.参加者からの質問および国枝昌樹さんからの回答][3.アンケート(感想)] を以下にご紹介します。また、資料として[4.「現地シリア人からの声」からの抜粋]を掲載いたします。

3.アンケート(感想)から 

今回の講演・企画に関するご意見を多数戴いております。ご参考までに掲載致します。

・シリアの国についてほとんど知識がなかったが、講演に先立ってシリアを紹介するプレゼンテーションからどんな国なのかある程度知識をもつことができた。
・夜中に放送(NHK)されていたシリアの市民カメラマンのビデオを見て、興味を持ちましたので、もっと多くの人に現状を知ってもらえたら良いと思います。幼い子供達の死は必要なのですか?
・この講演でもっと具体的な改善点の提案があれば良かったと思います。
・国枝さんが少し慎重に言葉を選びすぎた。
・知れば知る程、分らない。
・プロジェクタで地図 都市 周辺諸国が見えるとよい。
・資料の1ページ目に式次第があると良いかと思われました。
・出来れば見解の違う三者意見が聞ける内容であれば
・シリアに付いて色々なイメージが持てたことが良かったです!!いつか平和なシリアに旅行に行ってみたいです!
・「独裁者アサド」非難一辺倒のマスコミ情報では知ることができない現地の実情を理解することができるお話でした。例えば山本美香さんの死の経緯。
・自分自身が、もう少し勉強する必要があると思いました。
・国枝元大使御苦労様です。
・すごく勉強になりました。
・シリアの紛争を1日も早く終わらせる為世界の一人一人の市民が心に留めて力を合わせる事が大切だと思います。
・正確な情報の必要性をすごく感じた。
・山本美香さんのことはすごく考えさせられた。
・著書も拝読しましたが、直接講演で話をお聞きし理解が進みました。
・国枝さんは、とてもエネルギッシュで話術も素晴らしい。ただ内容がシリアをほとんど知らない私にとってはレベルが高かったです。もっと勉強いたします。質疑応答、大変面白かったです。もう少し時間をとっても良いかと思いました。
・葉狩さんは、写真も沢山あり、とても良くわかりました。
・佐藤先生、これからも頑張ってください。応援しています。ありがとうございました。
・考え方、見方に異なりが多いのにびっくりしました。平和が早く来ることを心からお祈りします。
・日本とシリアの関係が、ここまで深く、又、心配している方々が多くいらっしゃることに感心いたしました。世界で起きる、あらゆる紛争が、多かれ少なかれ日本と関係があるのだと、改めて思いました。マスコミ報道については以前から疑問を感じていました。
・仲の良かったトルコがシリアに厳しい態度をとっていることに疑問を感じていたが、トルコの首相(エルドアン)がシリア政府内にムスリム同胞団のポストを要求したことを、アサド大統領が拒否したことから激しい攻撃をするようになったと聞き、納得できた。しかしこれはトルコの横車ではないか。
・ロシアがシリアを支持しているというのは、シリアに海軍基地を置いているからだと報道がされています。でも今回国枝さんの話によるとロシアはアメリカに対抗し、冷戦期のソ連のように世界で大きな力を持つ国への復権を目指しているだけで、別にシリアを特別に見ているわけではないということでした。この視点には気づきませんでした。  
・先日NHKのドキュメンタリー番組で、反体制派の目的が食い違って利益だけ求め、バラバラで統一できていないこと、反体制派の非人道的な行為が明らかになったこと、などほんの少しだけどやっと反体制派の行動を疑問視する内容が放送されました。でもシリアを報道するジャーナリストたちの集会を映したシーンでは「俺たちジャーナリストの行動もバラバラになってしまえば、アサド政権倒せないぞ!!」といっていました。 これ、中立客観報道も何もないですよね。今回の講演を聞いて、やっぱりジャーナリスト、マスコミは反体制側に肩入れしてアサド政権を倒そうとしてるんだなと確信しました。これからもどうなるのか。ますます混乱した状況に陥らないことを願うのみです。
・講演をお聞ききし、マスコミ報道で言われてきた"民主化=反政府側が善"、"政府側は悪"、というスローガンが如何に実態からかけ離れた妄想となっているかを認識することが出来ました。報道を見聞きする時には 表層的な意図に惑わされず、自分で考えて行くことの大切さを改めて知りました。
・今のシリアでは 武器を捨てて紛争を止めること、そして民意を活かした再建に取り組むことへの段階的なステップを踏んで行くことが今後の鍵と見えます。日本からシリアの為に出来ることを考え実践して行くことが大切と思いました。
・日本政府は、早々とシリア大使を国外退去させたり、反政府勢力を支持する集会を東京で開催したり、経済制裁を欧米に足並みそろえて直ぐにやったり、本当にシリア情勢を把握しているのでしょうか。考えもなく米国の指示に従っているのではと思ってしまいます。日本企業(三菱重工など)が実績を重ね、厚い信頼を得てきたのに、日本政府がぶちこわしている気がします。
・私はシリアで取材中に亡くなったフリ―ジャーナリストの山本美香さんとは面識があったので、彼女が政府軍に殺されたというニュースにはショックを受けた。だが、今回、国枝元シリア大使の話を聞いて、彼女が反政府軍を通してトルコ側からシリアに入国したことを知った。なぜ、シリア大使館(現存)に行って入国ビザを発行してもらわなかったのか。ベトナム戦争の取材で有名な作家の開高腱はアメリカ軍に守られての取材だったことを考えると、彼女は反政府軍の宣伝「アサド政権は残虐」に使われたとしか思えない。
市民運動を長くやってきた私の中にも、反体制・反政府軍は正しいとする考えがあることを否定できない。同じルポをする一人として、彼女の死は私に多くの事を考えさせた。また、マスコミ報道も、どちらの側に立っての報道なのかを、今後は良く見極めていかなければと痛感した。
・シリアのアサド政権は、紛争が起きて2年以上も経つのに、なぜ倒れないのか。そんな思いで、元シリア大使の国枝昌樹氏の講演会に参加して、シリア扮装は自分が考えていた以上に単純なものではないことを知った。
アサド政権がすべて正しいとは思わないが、反政府軍と称する軍隊の背後に、アメリカ、イギリス、フランスなどの影が見え隠れしていることは、シリア情勢を伝えるニュースを丁寧に見ていると気付かされてはいたが、その原因の一つに、現在、世界的に問題になっている「傭兵」の問題が存在している事に、国枝氏の講演で気づかされた。
映画好きな私が、イギリスでつくられたケン・ロ―チ監督の「ルート・アイリッシュ」を見て以来の疑問が解けた思いだった。イラク、アフガニスタン、そして、シリアへ「傭兵」産業は肥大化して、世界の平和を脅かしていることを、自分は訴えたい。シリアに、一日も早く平和が訪れることを切望している。


国枝昌樹氏講演会報告(2)

「シリアに平和がもどるように」のテーマのもとで、3月16日に横浜情報文化センター(情文ホール)にて、講演会を行いました。(参加者106名)
[1.当日のプログラム][2.参加者からの質問および国枝昌樹さんからの回答][3.アンケート(感想)] を以下にご紹介します。また、資料として[4.「現地シリア人からの声」からの抜粋]を掲載いたします。

2.参加者からの質問

参加者からの質問用紙を休憩時間に集め、パネル形式の質疑応答の時間に利用させていただきました。時間の制約があり、全てを取り上げることはできませんでした。
ここでは戴いた全ての質問を、メディアの在り方に関するもの、シリア内戦に関するもの、今後に関するものに分類し、国枝昌樹さんに回答をお願いしました。
問の中から 講演の流れと加味して パネル討議では次のような質疑をとりいれました。.メディアの在り方に関するもの 、2.シリア内戦絡みのもの、 3.日本の姿勢、 4.今後に受けて

2.1 メディアの在り方について
・新聞報道を信じていました。しかしお話ではかなり違うようです。日本の新聞(特に朝日新聞等)は、一見民主主義的言辞を用いながら万事について非常に米国寄りの報道(つまり日本政府に都合の良い報道)をしていると思われます。日本の報道機関についてどう思われますか?
・一連の「アラブの春」の報道は虚構だったのですか?
(1)アラブの春、独裁者と民主化、単純な理解でよいか
(2)リビアのカダフィ、シリアのアサド、何が違うのか
・シリアに関するメディアについて、我々は何を信じるのがbestか。          アルジャジーラ? ABC? NHK? BBC?  朝日?  東京?
・「国境なき医師団」のFacebook によると、町ごと政府軍の攻撃によって壊滅する事が報告されています。やはり政府側に良い報告は見られませんが、どう思われますか?
・BBC放送によるものですが、シリア政府による拷問の正視できないような映像が「シリア政府の拷問」を非難することを主張する番組として、以前NHKの深夜ドキュメンタリーで放映されたものを見ました。シリア政府の行ったこととしてこの映像内容は本当のことなのでしょうか?(誰が、どこで、どういう方法で撮影したものか示されていたかどうか憶えておりませんが。) 

2.2 シリアの内戦に絡むもの
・イスラエルはアサド政権がつぶれた方が良いと思っているのでしょうか? 反体制グループが勝利した方が良いと思っているのでしょうか?
・バシャール アサドは、社会を亀裂操作することによって国を統治していると、シリアの政治体制について学びましたが、実際にそのような悪意はなかったのでしょうか?
・山本美香さんは、何故殺されたのでしょうか?
・シリア内戦の原因として宗教間の派閥対立が無視できないとするなら、この宗教対立の影響がイスラム各国に今後無視することのできない問題を生み出す可能性があると思えます。イスラムの各国間、各国内の宗教派閥間の闘争はどれほどの危険性をはらんでいると考えられるのでしょうか。
・現在のシリアの情勢が、今後イスラエルの改革にどのような影響を与えるか。

2.3 日本の姿勢に関するもの
・リビアでカダフィ政権がNATOに簡単に倒されたのに、アサド政権が全く倒れないのは、やはりイランの応援があるからですか? イランはどの位(規模)の支援をしているのですか? 
・日本はイランと友好国なのですからマスコミも政府も、アサド政権バッシングはやめべきだと思いますが、どうでしょうか?
・アサド政権をサポートしてシリアに平和を取り戻すべきではないでしょうか。
・国枝先生のお話の中で、文化財保護の為に日本の土木技術支援の話を日本側が断ったとのことでしたが、どういう理由からでしょうか。

2.4 紛争解決に向けて
・シリアの紛争終結ならびにシリア人被災者のために私達市民ができることはどのようなことでしょうか?
・非常に難しいと思いますが、今後はどのように問題解決に向かうのでしょうか。シリアがクルド自治区やアラウィ派支配地域など分割したままで安定するのでしょうか。
・ (1)現在の紛争解決に、具体的な策をどう考えますか? (2)「名誉ある撤退」というが、どちらにしてもその意思がないとすると不可能ではないか? (3)結局は米国がリーダーシップをとって、EU、アラブ諸国をまとめ和平交渉に入ることしかないと思うが。(しかし)それは不可能。日本の立ち位置はどこにあるべきか、関与の余地はあるのか?
・アサド大統領が国外退去しない事には、事態が終結しない。引き受け国はあるか。


参加者からいただいた質問への回答 (国枝昌樹)
最初に訂正を。日本政府による対シリア制裁に関して、現在シリア中央銀行を制裁対象としているとご紹介しましたが、その事実はなく、新たに制裁対象となったのはシリア中央銀行総裁でした。従って、関連して申し上げた説明は誤解に基づくものでした。

2.1 報道機関の中東担当記者(特派員)がカバーする地域は広大で、国数は多数に上ります。駐在国についてならばその国の歴史、事件の社会的背景についてある程度の知識はあるでしょうが、それ以外については無理です。たとえ現場に入って報道するにしても、語学の問題、その国の歴史と状況一般についての理解不足などで事態を深く理解し認識することは非常に難しい作業です(短期旅行でその国がどれほど理解できるか考えてみても下さい)。また、国内の報道記事については事実を知る多くの関係者がいるので批判に耐える記事を書かなければなりませんが、海外記事についてはそのような批判的な目は圧倒的に少なく、記事の信憑性、正確性についての批判的意見の表明が少ないために、記事のレベルは国内記事に比較して格段に落ちるという指摘があります。
アルジャジーラやアルアラビーヤなどの衛星放送局ついては拙著の中で問題点を指摘したとおりです。BBCは基本的に反体制派地域から報道しています。BBCシリアの報道写真として流したものの中に2003年にイラクで撮影された写真が使用された例がありますが、BBCは訂正報を出さなかったと言われます。
「国境なき医師団」の運営資金にはシリア政府に敵対するEU諸国の政府資金もかなり多く入っている状況があります。去年9月に「国境なき医師団」の設立者の一人ジャック・ベレスがアレッポ北部で運営する医療施設を視察したあとで、同施設での治療対象者の6割は反体制派兵士であり、その過半数は外国人兵士だったと発言したのに対し、12月27日付朝日新聞記事では同「医師団」の医療施設が対応した患者は「ほとんどが市民」だったとし、6月以来「シリア全体で2500人以上の患者を治療」したとして、同記事では外国人兵士の存在が消えてしまっています。「医師団」のFacebookによると政府軍の攻撃で町が壊滅したとのご指摘がありましたが、シリア政府によれば事前に一般住民を可能な限り立ち退かせた上で立て籠った反体制派武装グループを掃討したそうです。
シリア政府による拷問を問題視する報道はよくあります。拷問を正当化するつもりは全くありませんが、アラブ諸国はどこでも同じ事情です。米国政府でさえ、現在もグアンタナモ収容所を維持し、そこは人道法の適用外で、白状を強要するために水責めが行われたことがよく知られています。米国はシリアの治安情報機関と協力関係にあった時にはシリア側の協力に感謝し、外交政策が変れば非難の矛先を向けます。
リビアのカダフィとシリアのアサドの違いですが、前者は公式の役職につかずに国家制度の上に立つ最高権威であり続け、上意下達、直情径行型の政治家でしたが、後者は国家の組織制度を重んじ、たとえ信任投票であったとしても選挙を経て選出され、民意のありかを探りながら医者のように慎重に政策を進めるタイプの政治家であると思います。

2.2 シリア紛争の初期、イスラエルでは事態の進展が読めずに極めて慎重に対応して政府関係者は当時のバラク国防相を除いて皆発言を慎みました。その国防相はあと数ヵ月、あと数週間でアサド政権は命運が尽きるという発言を重ねたのですが、彼こそが早々と政界引退を余儀なくされるという皮肉な結果に終わりました。今、イスラエルはシリアの反体制派が政権を奪取した場合に備えて、モスレム同胞団への働きかけも含め危機管理体制構築に向けて非常に緊張感を高めて対応しています。
シリアは多民族多宗教多宗派国家です。バシャール・アサド大統領は1990年代の停滞したシリア社会を再生させるため、社会の各構成要素が遠心力の働く敵対的関係ではなく、お互い理解し協力し合って多種多様な要素からなる強靭な社会を築き上げる政策の必要性を痛感し、特に、2001年から2010年に至る時期はそのような政策が政治経済分野で展開された時期でしたが、イラク戦争を機にシリアに対する経済制裁が強化され、加えて国際社会から疎外されたために、体制維持のため政治分野での民主化が優先度を下げられ、汚職腐敗に対する戦いも不十分なままに推移していたのは残念でした。無国籍クルド人問題はアサド大統領が直々に関心を持って対処方針を固めていましたが、それを実施する前に民衆蜂起が起きたので急遽実施し、既に10万人が国籍を付与されたと内務省は公表しています。エジプトではイスラム教徒とコプト教徒の間の流血を伴う衝突事件は恒常的に発生しているのに対し、民衆蜂起以前のシリアではそのような事件は皆無と言って良いほどのものでした(唯一の例外が2004年のハッサケ事件)。アサド政権が社会の構成要素を亀裂操作することによって統治していたとする意見は、議論のための議論に過ぎません。シリア社会の複雑な組成は亀裂という後ろ向きの表現よりも社会の多様性という積極的な表現で理解するのが適当でしょう。私が意見交換したシリア人実業家たちは数億ドル規模の投資規模で事業を進める人物から従業員30人程度の小企業のオーナーまで様々でしたが、皆、規制はかなり撤廃されつつあり、未だ問題は多々あるが、より自由な企業活動が出来る時代になってきたと評価していました。もとより規制撤廃による競争激化で倒産する繊維産業関係企業は増大しましたが、それは市場原理によるもので、政府は企業努力による競争力強化とより比較優位のある産業への業種転換を奨励していました。
シリアの内戦状態のそもそもの原因に宗派宗教抗争があるというのではなく、内戦の過程で宗派宗教抗争に発展していったと理解すべきなのだろうと思います。
山本美香さんの事件は誠に痛ましいものでした。なぜ彼女が殺されたのか、私は全く事情を詳らかにしません。シリア政府では山本さんがシリア政府の関与しない形で入国されたので、彼女の身の安全に責任を負えないとしています。英国のチャネル4というTV局のレポーターが気になることを言っています。彼は反体制派の手引きでシリアに入国したものの危うく命を落としかけましたが、それは政権側に責任をなすりつけようとして反体制派が仕掛けた罠だったと述べているのです。ベトナム戦争では米軍は従軍記者の生命を最後まで彼ら兵士たち自身の生命を賭すことまでして守り抜きました。山本さんの場合には反体制派武装グループはどうもそうではなかったようです。

2.3と2.4 アサド政権がなかなか倒れないのはイランの支援があるからかというご質問ですが、イランの支援だけで持ちこたえているわけではありません。軍・政府からの離脱者は去年夏以降ほとんどなく(陸軍の兵站担当少将一家が先日離脱しましたが、少将レベルでは初めての離脱者でした)、軍と政府内部の結束はまだ強そうです。国民からも一定の支持を受けているといわれます。
シリアの反政府派と彼らを支援する国際社会とアラブ諸国はシリア国内における軍事的優位を実現し、その上で政権側との交渉に乗り出すことを目指しているので、反体制側の反転攻勢が成功するまでは内戦は続き、流血の惨事が続くことになります。この意味で、反体制派は軍事解決策を志向しています。1月30日にアル・ハーティブ国民連合議長(当時)が政府側に交渉を呼びかけましたが、これは同議長の個人的試みにとどまったこと、そして同議長が出した条件、すなわち拘束中の16万人の即時釈放と海外在住シリア人の旅券の効力延長のうち、後者については政権側は受け入れて実施したものの前者については政権側にとって受け入れがたいものだったこと、さらに同議長自身が辞任してしまったことにより、交渉への機運は生じませんでした。政府側はつとに政治解決の必要性を訴えてきています。
加えて、シリア政府側にとって、反体制派が分裂してまとまらず、政治解決に向けて交渉しようにも、交渉すべき相手がバラバラなことは非常に困った問題です。
私たちとしては、一日も早く反体制側諸グループが小異を捨てて大同団結を実現し、政権側との交渉に乗り出せるような態勢を作るよう、そして政権側との交渉を行うように関係者に対して働きかけることが重要です。交渉が始まれば、アサド大統領の処遇問題も議題の一つとして交渉が行われ、必ず解決策が見つかります。


国枝昌樹氏講演会報告(1)

「シリアに平和がもどるように」のテーマのもとで、3月16日に横浜情報文化センター(情文ホール)にて、講演会を行いました。(参加者106名)
[1.当日のプログラム][2.参加者からの質問および国枝昌樹さんからの回答][3.アンケート(感想)] を以下にご紹介します。また、資料として[4.「現地シリア人からの声」からの抜粋]を掲載いたします。

1.当日のプログラム
1.1シリアの紹介
(1) シリアについて
(葉狩真悠子 シリア支援団体「サダーカ」広報担当、20分間)
(2) シリアに桜を植えたこと、親善協会の紹介
(佐藤義隆 日本シリア親善協会代表、20分間)
1.2 講演 
「シリア、本当の姿は?」国枝昌樹 元シリア大使 80分間)
休憩15分(質問紙回収)

1.3 パネル形式による質疑応答
( 国枝昌樹、いのうえせつこ*、佐藤義隆 40分間)
*フリーライター、横浜市在住
  
講演会では「資料」を作成しました。
講演レジュメの他、上記の内容、現地シリア人からの声などを掲載しております。
残部がまだございますので、500円(送料込み)で頒布します。ご希望のあるかたは親善協会(nippon.syria@hotmail.co.jp)までご連絡ください。

[1.当日のプログラム]
[2.参加者からの質問および国枝昌樹さんからの回答]
[3.アンケート(感想)]
[4.「現地シリア人からの声」からの抜粋]
[講演会を終えて]



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