国枝昌樹氏講演会報告(2)

「シリアに平和がもどるように」のテーマのもとで、3月16日に横浜情報文化センター(情文ホール)にて、講演会を行いました。(参加者106名)

2.参加者からの質問

参加者からの質問用紙を休憩時間に集め、パネル形式の質疑応答の時間に利用させていただきました。時間の制約があり、全てを取り上げることはできませんでした。
ここでは戴いた全ての質問を、メディアの在り方に関するもの、シリア内戦に関するもの、今後に関するものに分類し、国枝昌樹さんに回答をお願いしました。
問の中から 講演の流れと加味して パネル討議では次のような質疑をとりいれました。.メディアの在り方に関するもの 、2.シリア内戦絡みのもの、 3.日本の姿勢、 4.今後に受けて

2.1 メディアの在り方について
・新聞報道を信じていました。しかしお話ではかなり違うようです。日本の新聞(特に朝日新聞等)は、一見民主主義的言辞を用いながら万事について非常に米国寄りの報道(つまり日本政府に都合の良い報道)をしていると思われます。日本の報道機関についてどう思われますか?
・一連の「アラブの春」の報道は虚構だったのですか?
(1)アラブの春、独裁者と民主化、単純な理解でよいか
(2)リビアのカダフィ、シリアのアサド、何が違うのか
・シリアに関するメディアについて、我々は何を信じるのがbestか。          アルジャジーラ? ABC? NHK? BBC?  朝日?  東京?
・「国境なき医師団」のFacebook によると、町ごと政府軍の攻撃によって壊滅する事が報告されています。やはり政府側に良い報告は見られませんが、どう思われますか?
・BBC放送によるものですが、シリア政府による拷問の正視できないような映像が「シリア政府の拷問」を非難することを主張する番組として、以前NHKの深夜ドキュメンタリーで放映されたものを見ました。シリア政府の行ったこととしてこの映像内容は本当のことなのでしょうか?(誰が、どこで、どういう方法で撮影したものか示されていたかどうか憶えておりませんが。) 

2.2 シリアの内戦に絡むもの
・イスラエルはアサド政権がつぶれた方が良いと思っているのでしょうか? 反体制グループが勝利した方が良いと思っているのでしょうか?
・バシャール アサドは、社会を亀裂操作することによって国を統治していると、シリアの政治体制について学びましたが、実際にそのような悪意はなかったのでしょうか?
・山本美香さんは、何故殺されたのでしょうか?
・シリア内戦の原因として宗教間の派閥対立が無視できないとするなら、この宗教対立の影響がイスラム各国に今後無視することのできない問題を生み出す可能性があると思えます。イスラムの各国間、各国内の宗教派閥間の闘争はどれほどの危険性をはらんでいると考えられるのでしょうか。
・現在のシリアの情勢が、今後イスラエルの改革にどのような影響を与えるか。

2.3 日本の姿勢に関するもの
・リビアでカダフィ政権がNATOに簡単に倒されたのに、アサド政権が全く倒れないのは、やはりイランの応援があるからですか? イランはどの位(規模)の支援をしているのですか? 
・日本はイランと友好国なのですからマスコミも政府も、アサド政権バッシングはやめべきだと思いますが、どうでしょうか?
・アサド政権をサポートしてシリアに平和を取り戻すべきではないでしょうか。
・国枝先生のお話の中で、文化財保護の為に日本の土木技術支援の話を日本側が断ったとのことでしたが、どういう理由からでしょうか。

2.4 紛争解決に向けて
・シリアの紛争終結ならびにシリア人被災者のために私達市民ができることはどのようなことでしょうか?
・非常に難しいと思いますが、今後はどのように問題解決に向かうのでしょうか。シリアがクルド自治区やアラウィ派支配地域など分割したままで安定するのでしょうか。
・ (1)現在の紛争解決に、具体的な策をどう考えますか? (2)「名誉ある撤退」というが、どちらにしてもその意思がないとすると不可能ではないか? (3)結局は米国がリーダーシップをとって、EU、アラブ諸国をまとめ和平交渉に入ることしかないと思うが。(しかし)それは不可能。日本の立ち位置はどこにあるべきか、関与の余地はあるのか?
・アサド大統領が国外退去しない事には、事態が終結しない。引き受け国はあるか。


参加者からいただいた質問への回答 (国枝昌樹)
最初に訂正を。日本政府による対シリア制裁に関して、現在シリア中央銀行を制裁対象としているとご紹介しましたが、その事実はなく、新たに制裁対象となったのはシリア中央銀行総裁でした。従って、関連して申し上げた説明は誤解に基づくものでした。

2.1 報道機関の中東担当記者(特派員)がカバーする地域は広大で、国数は多数に上ります。駐在国についてならばその国の歴史、事件の社会的背景についてある程度の知識はあるでしょうが、それ以外については無理です。たとえ現場に入って報道するにしても、語学の問題、その国の歴史と状況一般についての理解不足などで事態を深く理解し認識することは非常に難しい作業です(短期旅行でその国がどれほど理解できるか考えてみても下さい)。また、国内の報道記事については事実を知る多くの関係者がいるので批判に耐える記事を書かなければなりませんが、海外記事についてはそのような批判的な目は圧倒的に少なく、記事の信憑性、正確性についての批判的意見の表明が少ないために、記事のレベルは国内記事に比較して格段に落ちるという指摘があります。
アルジャジーラやアルアラビーヤなどの衛星放送局ついては拙著の中で問題点を指摘したとおりです。BBCは基本的に反体制派地域から報道しています。BBCシリアの報道写真として流したものの中に2003年にイラクで撮影された写真が使用された例がありますが、BBCは訂正報を出さなかったと言われます。
「国境なき医師団」の運営資金にはシリア政府に敵対するEU諸国の政府資金もかなり多く入っている状況があります。去年9月に「国境なき医師団」の設立者の一人ジャック・ベレスがアレッポ北部で運営する医療施設を視察したあとで、同施設での治療対象者の6割は反体制派兵士であり、その過半数は外国人兵士だったと発言したのに対し、12月27日付朝日新聞記事では同「医師団」の医療施設が対応した患者は「ほとんどが市民」だったとし、6月以来「シリア全体で2500人以上の患者を治療」したとして、同記事では外国人兵士の存在が消えてしまっています。「医師団」のFacebookによると政府軍の攻撃で町が壊滅したとのご指摘がありましたが、シリア政府によれば事前に一般住民を可能な限り立ち退かせた上で立て籠った反体制派武装グループを掃討したそうです。
シリア政府による拷問を問題視する報道はよくあります。拷問を正当化するつもりは全くありませんが、アラブ諸国はどこでも同じ事情です。米国政府でさえ、現在もグアンタナモ収容所を維持し、そこは人道法の適用外で、白状を強要するために水責めが行われたことがよく知られています。米国はシリアの治安情報機関と協力関係にあった時にはシリア側の協力に感謝し、外交政策が変れば非難の矛先を向けます。
リビアのカダフィとシリアのアサドの違いですが、前者は公式の役職につかずに国家制度の上に立つ最高権威であり続け、上意下達、直情径行型の政治家でしたが、後者は国家の組織制度を重んじ、たとえ信任投票であったとしても選挙を経て選出され、民意のありかを探りながら医者のように慎重に政策を進めるタイプの政治家であると思います。

2.2 シリア紛争の初期、イスラエルでは事態の進展が読めずに極めて慎重に対応して政府関係者は当時のバラク国防相を除いて皆発言を慎みました。その国防相はあと数ヵ月、あと数週間でアサド政権は命運が尽きるという発言を重ねたのですが、彼こそが早々と政界引退を余儀なくされるという皮肉な結果に終わりました。今、イスラエルはシリアの反体制派が政権を奪取した場合に備えて、モスレム同胞団への働きかけも含め危機管理体制構築に向けて非常に緊張感を高めて対応しています。
シリアは多民族多宗教多宗派国家です。バシャール・アサド大統領は1990年代の停滞したシリア社会を再生させるため、社会の各構成要素が遠心力の働く敵対的関係ではなく、お互い理解し協力し合って多種多様な要素からなる強靭な社会を築き上げる政策の必要性を痛感し、特に、2001年から2010年に至る時期はそのような政策が政治経済分野で展開された時期でしたが、イラク戦争を機にシリアに対する経済制裁が強化され、加えて国際社会から疎外されたために、体制維持のため政治分野での民主化が優先度を下げられ、汚職腐敗に対する戦いも不十分なままに推移していたのは残念でした。無国籍クルド人問題はアサド大統領が直々に関心を持って対処方針を固めていましたが、それを実施する前に民衆蜂起が起きたので急遽実施し、既に10万人が国籍を付与されたと内務省は公表しています。エジプトではイスラム教徒とコプト教徒の間の流血を伴う衝突事件は恒常的に発生しているのに対し、民衆蜂起以前のシリアではそのような事件は皆無と言って良いほどのものでした(唯一の例外が2004年のハッサケ事件)。アサド政権が社会の構成要素を亀裂操作することによって統治していたとする意見は、議論のための議論に過ぎません。シリア社会の複雑な組成は亀裂という後ろ向きの表現よりも社会の多様性という積極的な表現で理解するのが適当でしょう。私が意見交換したシリア人実業家たちは数億ドル規模の投資規模で事業を進める人物から従業員30人程度の小企業のオーナーまで様々でしたが、皆、規制はかなり撤廃されつつあり、未だ問題は多々あるが、より自由な企業活動が出来る時代になってきたと評価していました。もとより規制撤廃による競争激化で倒産する繊維産業関係企業は増大しましたが、それは市場原理によるもので、政府は企業努力による競争力強化とより比較優位のある産業への業種転換を奨励していました。
シリアの内戦状態のそもそもの原因に宗派宗教抗争があるというのではなく、内戦の過程で宗派宗教抗争に発展していったと理解すべきなのだろうと思います。
山本美香さんの事件は誠に痛ましいものでした。なぜ彼女が殺されたのか、私は全く事情を詳らかにしません。シリア政府では山本さんがシリア政府の関与しない形で入国されたので、彼女の身の安全に責任を負えないとしています。英国のチャネル4というTV局のレポーターが気になることを言っています。彼は反体制派の手引きでシリアに入国したものの危うく命を落としかけましたが、それは政権側に責任をなすりつけようとして反体制派が仕掛けた罠だったと述べているのです。ベトナム戦争では米軍は従軍記者の生命を最後まで彼ら兵士たち自身の生命を賭すことまでして守り抜きました。山本さんの場合には反体制派武装グループはどうもそうではなかったようです。

2.3と2.4 アサド政権がなかなか倒れないのはイランの支援があるからかというご質問ですが、イランの支援だけで持ちこたえているわけではありません。軍・政府からの離脱者は去年夏以降ほとんどなく(陸軍の兵站担当少将一家が先日離脱しましたが、少将レベルでは初めての離脱者でした)、軍と政府内部の結束はまだ強そうです。国民からも一定の支持を受けているといわれます。
シリアの反政府派と彼らを支援する国際社会とアラブ諸国はシリア国内における軍事的優位を実現し、その上で政権側との交渉に乗り出すことを目指しているので、反体制側の反転攻勢が成功するまでは内戦は続き、流血の惨事が続くことになります。この意味で、反体制派は軍事解決策を志向しています。1月30日にアル・ハーティブ国民連合議長(当時)が政府側に交渉を呼びかけましたが、これは同議長の個人的試みにとどまったこと、そして同議長が出した条件、すなわち拘束中の16万人の即時釈放と海外在住シリア人の旅券の効力延長のうち、後者については政権側は受け入れて実施したものの前者については政権側にとって受け入れがたいものだったこと、さらに同議長自身が辞任してしまったことにより、交渉への機運は生じませんでした。政府側はつとに政治解決の必要性を訴えてきています。
加えて、シリア政府側にとって、反体制派が分裂してまとまらず、政治解決に向けて交渉しようにも、交渉すべき相手がバラバラなことは非常に困った問題です。
私たちとしては、一日も早く反体制側諸グループが小異を捨てて大同団結を実現し、政権側との交渉に乗り出せるような態勢を作るよう、そして政権側との交渉を行うように関係者に対して働きかけることが重要です。交渉が始まれば、アサド大統領の処遇問題も議題の一つとして交渉が行われ、必ず解決策が見つかります。


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